Tuesday, December 11, 2007

佐倉市立美術館「さびしさと向きあって」展-1







上記写真は石田徹也公式ホームページより

東京から車で2時間、事務所の4人で佐倉市立美術館へ展覧会を見に行った。
石田徹也と正木隆の名前を見つけたからだ。作品は知っていたが本物を
見るのは初めてだ。

石田徹也の、頭にプロペラが突き出した「飛べなくなった人」
学校の建物から頭や手足が飛び出ている(題は何だったか、、)絵
ここにはなかったが両腕がベルトコンベアーになって商品をレジに届けて
いる絵も見たことがある。

すべて自分の顔、顔、顔。おびただしい数の自画像。時には女性を
描いても妹かと見間違うほど彼自身に似ている。そしてどの顔も
「気持ちここに在らず」という遠い目をしている。

「、、、、合理主義や科学の追求では解決出来ない問題に私たちは
直面しているのです」と解説にあるが、現代にあって画風はいかにもレトロだ。

若くして亡くなった、という事実に私たちはある種の思い入れをもって
作品を見る傾向があって(認めたくないけれど私自身にもある)そのような
雰囲気には大いに反発を覚えるのだが、この展覧会のまじめさは良い意味で
予想を裏切るものだった。学芸の方の、声高ではない言いようが展覧会を
真摯な物にしていると感じた。


また星の王子様ふうのちらしにあるタイトルのフォント(レタリング)が
なんとタイトル自体に合っていることか。これほど見事にタイトルの
意味とその書体の一致はそうあるものではないと思う。





正木隆「from DRIVING to DIVING 03-3」


正木隆の、人のいない駐車場、人のいない交差点、人のいないプール。
同居人の女性の自死から立ち直ることが出来ずに描くことも出来なくなった
とどこかに書かれていた。いち早く正木隆を紹介したGallery Jinの一杉さんの
HPで作品を見ることが出来る。

ちなみに一杉さんは、吉祥寺時代に「魅せられる、、、」展の作家の一人
安藤郁子さんを世に紹介した人でもある。


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安藤郁子作「内側への階段」



石田徹也、正木隆、彼らの絵はどこに行き着くのだったか。

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